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【小論文解答】:2023年/北里大学/医学部/2月5日分

【問1】(※解答例)
(親が子供を)自己の支配や制御の対象にしようとする態度(20字)

【問2】
招かれざるものへの寛大さを通して育まれるはずの謙虚さや共感能力を失い、幸福や利益を最大化するために、所与の条件を目的のために改変可能な手段と考え、功利主義の観点から一方的に改良しようとする傲慢な性向。(100字)

【問3】
 私はこれからの医療は「倫理」的な観点からやるべきことを考えつつ、自らが「倫理」の枠組みをより良い方向へ作り変える力を持った存在だという自覚を持って、技術と倫理との狭間で挑戦を続けるべきだと考える。
 傍線部③にあるように、現在はこれまで自明とされていた「健康」や「通常の人間の機能」という概念が揺らいでいる。病気や身体的異常がない状態を「健康」だと考えたり、諸感覚や身体機能が十全な状態を「通常」だと考える時代は終わりを迎えつつある。
 例えば高齢者の大半は何らかの疾病や身体機能の問題を抱えているが、それらを「一病息災」「多病息災」と考え、一つの「健康」のあり方として捉える見方が一般化しつつある。また本文にもあるように、障害や先天的遺伝子疾患を「個性」と捉え、遺伝子改変を含む意図的な干渉を「アイデンティティへの侵害」と見なす考え方もある。そうした新たな「価値観」に対して、医療がこれまで同様の「健康」「通常」を理想とする「価値観」に基づき技術的に解決を図ろうとするなら、それは健康を最大化しようとする親と同じ類の過ちを犯しているのと同じだと考える。
 多様化する価値観に合わせ、その都度何をすべきかを考えるのが「倫理」である。技術的に可能なことをそのまま「やるべきこと」と考えず、「この人に何が最善なのか」を、相手の価値観に即して考え、医療としての最適解を提示し実行する。それがこれからの医療に求められていることだと私は考える。
 一方で医療技術の進歩が「倫理」の枠組みを変えることもあるだろう。例えば「脳死臓器移植」は人々の生死や移植への考えを大きく変えた。本文にある「聾の治療」に関しても、彼らの尊厳を損なわずに機能を回復・補助する方法が確立すれば、当事者が自己の価値観を広げる契機になる。このように医療は技術と倫理の狭間で新しい「健康」の姿を生み出し続けるべきだ、と私は結論づける。(789字)

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玄武庵

Author:玄武庵
日本の片隅で予備校講師をしながら旺文社(入試問題正解)・教学社(赤本)等で作問・解答・解説等の仕事をしています。小論文は自分の頭で考えて書くことが一番大事ですが、その際の参考にしてもらえるとうれしいです。頑張ってください。(※コンテンツはすべて無料です)

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