私の経験した「紋切型ではない言葉」は、サンテグジュペリ『星の王子さま』の中にある「大切なものは目に見えない」である。小学6年生の時に学校の図書室で読んだ最初の印象は「当り前じゃないか」だった。大切なものとは、例えば心であり、心は目に見えない。そういう話かと思って読み進めると「相手にかけた時間が、相手をかけがえのないものにする」「君は君のバラに責任がある」と続く。その意味することは当時の私には難しくてわからなかった。時間と責任がどうして「大切」「目に見えない」とつながるのだろうか。その疑問と共に言葉は心に残った。
中学・高校と進むにつれ、この言葉は折に触れて何度も心の中によみがえってきた。人でも物でも時間をかけて向き合ったら愛着が湧く。愛着が湧いたら大切にしようと思う。この大切にしたいという思いが責任になる。そして時間や責任は目に見えない。目に見えないことこそが大切なのだ。自分が経験を積むことで、それがだんだんわかってきた。このことを作者は飾らない、明晰な言葉で、そして何より自分の言葉で伝えた。その意味でこの言葉は紋切型ではないのである。
思えば医師と患者の関係もこうしたものであるかもしれない。この言葉は、一生私について回り、医師としてのあり方を問われる場面で患者との関わり方の新たなヒントを与えるだろう。つまりこの言葉は私にとってかけがえがないからこそ紋切型ではないと私は思う。(596字)
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