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【コラム】:原稿用紙の「使用規則」になぜ規則性がないのか?

 小論文の内容がどれほど優れていても、原稿用紙の使用に際して句読点やカギカッコなどの処理が間違っていれば減点となる。しかしそもそもなぜ原稿用紙の使用に際して「使用規則」が存在するのか、そしてその「使用規則」になぜ一貫性が無いのか、という点について、生徒はきちんと教えてもらう機会を持たない。原稿用紙の「使用規則」について理解するには、まずその前提として「近代日本語の成立事情」と「原稿用紙の成立事情」を理解する必要がある。

1)近代日本語の成立事情

 近代日本語の成立には「翻訳」が大きく影響している。江戸時代に入り、西洋から多くの文献が日本に流入し、日本ではそれらの西洋語を「日本語」に翻訳することが重要となった。しかしこれまで日本に入ってきた外国語、つまり「漢語」とは異なり、西洋語には独特の言語表記規則(横文字・アルファベット等)があった。これをこれまでの日本語の語彙や文法規則で処理することは難しかったので、この時点で日本語は西洋語の言語表記に合わせて「改造」が施された。その「改造」された言語が「近代日本語」である。簡単に言うと「横のもの(西洋語)を縦(日本語)にする」ための規則を作成したのである。
 
 文構造そのものは西洋語は漢語とほぼ同じなので、翻訳の基本は「漢文訓読と同じやり方」で良かったのだが、日本語には存在しない概念を表すための「語彙」や改行・句読点処理といった、従来の漢語には存在しない「言語表記規則」に関してはそのまま「輸入」するしかなかった。その「輸入」の結果形成されたのが「近代日本語」であった。「言語表記規則」に関して「具体的に何がどのような形で輸入されたのかを、以下に列挙すると、

1.【西】:「コンマ(,)」     =【日】:「読点(、)
2.【西】:「ピリオド(.)」    =【日】:「句点(。)」
3.【西】:「コーテーション(’” ”)」=【日】「カギカッコ(「」)
4.【西】:「パラグラフ」      =【日】「改行・1マス空け

などがある。これにより「原稿用紙の使用規則」は「西洋語の使用規則」に準じることになった。つまり「西洋語でやってはいけないことは、日本語でもやってはいけない」ことになったのである。その「禁止事項」を先ほどと同じように具体的に列挙してみると、

1.マス目の冒頭(行頭)に句読点を置いてはいけない。西洋語の行頭にコンマやピリオドが置かれていないのと同じ。

2.マス目の末尾にカギカッコの開始部(「)を、マス目の冒頭にカギカッコの終了部(」)を置いてはいけない。西洋語の行末にコーテーションの開始部を、行頭に終了部が置かれていないのと同じ。

3.段落の冒頭は1マス空ける。西洋語のパラグラフの冒頭が1語分下がっているのと同じ。そもそも近代より前の日本文には「段落」の概念は無かった。よって「改行」の概念もなかったのである。

となる。しかしこれだけではまだ疑問が残る。それは「原稿用紙ではなく、単にマス目のない用紙にタテ書きで書くのであれば、句読点に関する煩雑な規則は不要ではないか?」ということである。それは確かにそうであり、もし書く用紙が原稿用紙でなければ、句読点の位置についていちいち気にする必要はない。「改行」の際に一文字分下げることさえしておけば、句読点の位置は自然に定まる。マス目もないのに句読点を文頭に置こうとする人はほとんどいないだろう。「原稿用紙」に「マス目」があるから「行頭に何を置くのか」ということに混乱が生じるのである。ならば「原稿用紙」とは何なのか?その点を以下に論じる。


2)原稿用紙の成立事情

 日本における原稿用紙の起源は鐡眼道光(1630–1682)が開刻した「黄檗版鉄眼一切経」とされる。経典の版木を削る際に「縦1行20字、横20行」と定めた。完全なマス目の用紙で現存最古のものは頼山陽(1781–1832)の『日本外史』、400字詰めの原稿用紙の起源は塙保己一(1746–1821)『群書類従』の版木であるとされる。いずれも近世(江戸時代)まで使用されていた日本文を「マス目」に当てはめる目的のために作成されたものであり、西洋語由来の「句読点」等についての配慮を考える必要はなかった。


 原稿用紙の使用が一般化したのは明治時代中期。日本で新聞や雑誌(とその大量生産を可能とする活版印刷)が普及し、それらに原稿を掲載する際に、文字数を正確に計算する(そして文字数×枚数で原稿料を算出する)ことを目的として、400字詰めの原稿用紙を使って原稿を書くことが一般化した。


3)問題の発生

 このように「近代日本語」と「原稿用紙」は全く別の経緯を辿って発生した「原理の異なる現象」である。これらを無理やり組み合わせて作られたのが「原稿用紙に近代日本語で文字を埋める」という行為なのである。これがどのような問題を引き起こしたかというと、「句読点やカギカッコを『文字』として処理するか、それとも『記号』として処理するか?」という問題である。原稿用紙の原則は「1マス=1文字」である。もし「句読点やカギカッコ」を「文字」として処理するなら「行頭のマスに句読点が入ること、カギカッコの終了部が入ること」は「妥当な行為」となるが、近代日本語の原則に照らし合わせれば「規則違反」となる。この矛盾を解消しなければ「原稿用紙」は「公的な記述用紙」として機能しない。そこで妥協策として以下のような「ダブルスタンダード」を設定する。つまり、


 ■句読点やカギカッコは、通常は「文字」として処理する。だがマスの末尾においては「記号」として処理する


というものである。これにより句読点やカギカッコはマスの末尾に「記号」としてすべて押し込むことが可能となった。つまり末尾のマスでは〈文字+読点〉〈文字+句点〉〈文字+カギカッコ終了部〉〈文字+句点+カギカッコ終了部〉〈文字+カギカッコ終了部+句点〉を全て「1文字」として処理することが可能となったのである。この原則は現在の表記法でも踏襲されており、使用規則として通用されている。生徒が原稿用紙に文字を描く際に句読点の処理に困るのは、この規則に関する知識が存在しないからである。

 しかし面倒臭いことに、この規則にさえ「例外」が存在する。それは「規定字数の最終マスの句点をどのように処理するか?」という問題に関するもので、例えば「~について800字以内で論じなさい」という課題があり、400字詰めの原稿用紙が2枚与えられた時に、800字目のマスの処理をどうするか、という問題である。上記の規則が適用されるなら、800字目の最終マスであっても句点を「記号」として文字と一緒に詰めれば終わり、ということになるはずなのだが、「それでは『以内』にならない」とする立場も存在し、その場合には「801字」として処理されてしまい、減点の対象となる、というよくわからない事態が(実際に)生じるのである。


 この問題に関して「正しい答え」など存在するはずはない。もともと噛み合わないものを無理やり組み合わせているのだから、やっていることに「論理的な整合性」などないのである。つまりこの問題は「考え方次第でどうとでもなる」たぐいのものであり、統一見解すら存在しなのだから、教える側としては「リスク回避」という選択しか取りようが無い。結果として私は、


 ■規定字数末尾の1マスの句点は「文字」として処理するので、句点以外のものを入れてはいけない。


と教えている。これはもはや「規則」でも何でもない。ただの「リスク回避」のための「慣行」である。もちろん、慣行だからと言ってこの処理を軽視するわけではない。点数の上下は「合否に直結する」以上、この「慣行」を厳密に教えなければならないのである。


 以上が原稿用紙の「使用規則」にまつわる話のすべてである。


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玄武庵

Author:玄武庵
日本の片隅で予備校講師をしながら旺文社(入試問題正解)・教学社(赤本)等で作問・解答・解説等の仕事をしています。小論文は自分の頭で考えて書くことが一番大事ですが、その際の参考にしてもらえるとうれしいです。頑張ってください。(※コンテンツはすべて無料です)

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