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【小論文解答】:2021年/杏林大学/医学部/一般選抜/2月2日分

 「寛容の精神」は通常、相手が多少問題を起こしても許しておおらかに接するような気持ちのことを指すと私は考える。例えば子どものいたずらに対しても親は𠮟りつけずに優しくたしなめる、宿題をやってこなかった生徒に対して先生は怒鳴りつけずに宿題の大切さを説く、といったようなことが「寛容の精神」の具体的なあらわれ方になるだろう。しかしこれと同じ意味で医師が患者に対して「寛容の精神」を持つべきだと私は思わない。
 医師の使命は患者の生命や健康を回復・維持・増進することにある。そのためには、予防医学的な側面においては規則正しい生活や適度な運動、バランスの取れた食事、禁煙節酒を勧め、治療に際しては指示された通りの間隔での来院、投薬については決められた用法や用量を守ることが必要となる。患者がこれらのことを守らないのに「寛容の精神」で接すれば、結果として患者の健康を損い、医師としての使命を果たせなくなってしまう。患者の幸福を心から願うなら、医師は患者の逸脱に対して寛容であってはならない。
 だが、そうやって患者に節制を強く勧める医師自身が、実際に自分が患者に行っているような健康的な生活を送っているわけではない、ということも事実である。自分の人生の楽しみとして、不摂生だと分かっていても行うことは数多い。自分は不摂生をしておいて患者に節制を強いるのは公平ではない。自分の欲望と同じ欲望を患者も持っているし、自分と同様に、患者も自己を厳格にコントロールできない。自分も患者も共に「不完全」な存在である。この自覚があって初めて医師は患者に「寛容の精神」を持つことができる。
 この「寛容の精神」は、親子や先生と生徒といった「上下関係」に基づくものではない。共に不完全であるという「対等性」に基づくものである。同じ人間として患者に共感しつつ、それでも医師として言うべきことは言う。そのバランスが大事にしたいと私は思う。(795字)

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玄武庵

Author:玄武庵
日本の片隅で予備校講師をしながら旺文社(入試問題正解)・教学社(赤本)等で作問・解答・解説等の仕事をしています。小論文は自分の頭で考えて書くことが一番大事ですが、その際の参考にしてもらえるとうれしいです。頑張ってください。(※コンテンツはすべて無料です)

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