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【小論文解答】:2019年/順天堂大学/医学部/本試験【解説付き】

 私がこの写真を見て思ったのは、医師という仕事は、この耳の聞こえない筆者のように写真を撮って音を聞くような作業ではないか、ということだった。写真では、商店街と思われる大通りで、人々がびっしりと集まって上にある何かを見ている。しかしこの写真から漂ってくるのは、むしろ大通りの賑やかさと人々のざわめく声である。子どもたちは上にある何かを見て、口々になにかを言っている。笑い声や感嘆の声が、写真いっぱいに広がっている。圧倒的な音の存在感が、この写真を見る私の気持ちを楽しませるのである。
 この写真を撮ったのが耳の聞こえない人であることは、私には大きな衝撃であった。しかし捉え方を変えれば、彼は視覚を通して聞こえないはずの音を聞いていたのだ、と考えることもできる。人々の表情や目線の先に、音の世界がある。彼はそれを写し取るためにこの写真を撮ったのではないか。もちろんその音は、私たちの知っている通常の音とは異なるものだろう。しかし彼はそれを「絶望」とは考えず、むしろ写真を通して音を聞くことに「希望」を見出していた。彼の楽しそうな写真を見て、私はそう感じたのである。
 医師が患者に対して試みていることも、これと同じようなことであると私には思える。身体的な面においても精神的な面においても、医師は患者の本当の姿を完全に理解することは不可能である。しかし様々な検査を通して、あるいは問診を通して、医師は医師なりの方法で患者の本当の姿に近づこうとする。そしてそこで得られた知見をもとにして、患者の幸福と健康に貢献する。そのためにはこの筆者が持っているような、絶妙な瞬間を切り取れる観察眼、それを的確に表現できる技術力、そしてなにより他者に対する温かい眼差しが必要なのではないかと思う。私も将来医師としてこうした資質を身につけ、この写真の人々のように患者を笑顔にできるように努力を重ねて行きたい、と考えた。(791字)

【解説(解答のポイント)】

1:まず前提として、「医系小論文の目的は医療人としての資質を問うことである」「医系小論文はその資質を〈医師と患者の関係〉を踏まえて問いかける」という2つの前提を大事にする。今回「医師」の側に置くのが「筆者(井上孝治)」であり、「患者」の側に置くのが「写真に写った人々」だと設定する。「耳が聞こえない」ことを「(身体面・精神面を含む)患者の本当の姿がわからない」と置き換え、それを様々な方法で乗り越えていく、という構図で小論文の中身を決める。

2:いきなり本題に入るのではなく、写真の分析をきちんと行うことが大切である。分析の際のポイントがしっかりしていると、後で「医師・医療の話」に持って行く時に説明が楽になる。「彼の写真からは〈音〉が聞こえてくる」「彼には音が聞こえない」という相反する状況を、「彼」の立場になって考えたときに、彼の被写体に対する思いが見えてくるし、それが医師のあり方に通じる、ということも理解できる。硬い言葉で言えば「相反する二つの項の弁証法的昇華」ということになるが、大切なことは写真や説明文を見ながら「今回自分はどの登場人物(場合によってはモノ)と置き換えられるのか」ということを考える発想を身につけることである。
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玄武庵

Author:玄武庵
日本の片隅で予備校講師をしながら旺文社(入試問題正解)・教学社(赤本)等で作問・解答・解説等の仕事をしています。小論文は自分の頭で考えて書くことが一番大事ですが、その際の参考にしてもらえるとうれしいです。頑張ってください。(※コンテンツはすべて無料です)

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