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【小論文解答】:2006年度/岩手医科大学/医学部/本試験

 健康と病気ということについて、筆者は病気でないことを健康であるとするWHOの定義を退け、客観的に病気であっても「主観的に健康でありうる」と述べた上で、コトバのもつ強い分別力から自分を解放することが必要である、と述べている。私も筆者の意見に全く賛成である。そして私は筆者の言う主観的な健康とは、自分が「快適に生きている」という気持ちのことを指しているのだと私は考える。何らかの病気を持っているということは、客観的に見れば全く病気を持っていない人に比べれば、生活上に何らかの不都合が生じていることになる。しかし当事者が不都合を不都合と感じていなければ、その病気は自分の生活に何も影響を及ぼしていないのだから、全く問題ないのである。それは「健康」と呼んでよいものであり、私たちの大半は、そうした意味での「健康人」であると言える。
 医師は病気を治すのが仕事であるということもあり、病気を持った人は全て「病人」であり、病人は「不健康」である、と考えやすいのではないかと思う。だから「病気」を治すことで患者の「健康」を取り戻そうとする。しかしこれからの医療に大切なのは、治療を通して「主観的な健康」を支えてゆく、ということなのだと考えられる。だから医師は自己の持つコトバの呪縛から自らを解放し、「病気を抱えた一人の健康な人間」を身体的にサポートしてゆく、という意識を持って患者の心身と向き合ってゆくべきなのだと思う。(597字)
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玄武庵

Author:玄武庵
予備校講師をしながら旺文社(入試問題正解)・教学社(赤本)・Z会(実戦模試)等で作問・解答・解説等の仕事をしています。小論文は自分の頭で考えて書くことが一番大事ですが、その際の参考にしてもらえるとうれしいです。頑張ってください。(※コンテンツはすべて無料です)

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