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【コラム】:「医系小論文」の難易度はなぜ上がったのか?(2)

 前回、ここ5年の間に、医系小論文のレベルは大きく上がり、レベルの上昇は今後も続くと述べた。今回はその経緯と根拠について述べる(数回かかる)。

  この問題を考える際に必要なキーワードは2つある。1つは「医系小論文の目的の固定化」、もう1つは「解答のテンプレート(鋳型)化」である。「医系小論文」を生徒に課す目的は前回書いた通り、「精神構造の確認」「論理的思考力や論理的表現力の確認」あるいは前回は書かなかったが「医学部生たるべき教養の確認・時事問題に対する関心の確認(主としてテーマ型)」や「データ分析力の確認(主として資料分析型)」など、以前は非常に多種多様であった。しかしここ5年間の間に、医系小論文の目的は「医療人としての資質を問う」というこの一点にほぼ収束していったのである。これが「医系小論文の目的の固定化」である。

  なぜ医系小論文の目的が「医療人としての資質を問う」という一点に収束していったのか。それは日本社会が医療人に対して「人間性の高さ」を「デフォルト(規定値)」として要求するようになったからである。もちろん、以前から「人間味のある医師」に対する要望は高かった。自分のことを顧みず、市井の(特に貧しい)人々のために身を粉にして尽くす医師。そういう医師は昔から存在し、人々の尊敬を集めていた。そして良医の典型として小説や映画にもされていったのである。しかしそうした医師の姿を「理想像」として求めつつ、一方ではこうした医師像と真反対の医師にも、信頼と敬意を寄せていたのである。つまりそれは「高い知識と技術に裏打ちされた、権威的な存在としての医師」である。横柄で上から目線であるが、(概ね)的確に診断し処置を行う。そういう父権的な存在としての医師を人々は「現実像」として承認していたのである。

  しかし、1990年代後半から(恐らくは「臓器移植を待つ人々」の生きる権利が問題になる頃から)「患者の尊厳」という概念がクローズアップされるようになり、また「患者のために奔走する医師」がテレビ番組で頻繁に特集されるようになったことも相俟って(つまりそういう医師があるべき医師だという認識をメディアが人々に植え付けたことによって)、徐々に「患者のことを大切に扱ってくれる」、つまり思いやりや共感性を持つということが、医師の基本的な資質として要求されるようになったのである。だがこうした傾向の影響は、「医系小論文」には直ちには影響しなかった。大学側の欲しい学生像は相変わらず「能力の高い生徒」であり、人間性は二の次であった。それは潜在的な患者である「一般の人々のニーズ」を医療の側がまだ軽く見ていた、ということの裏返しでもあった。こうした認識のズレの下、医学部では知識・技量・人間性を兼ね備えた一部の医師と、それ以外の医師(主として高い人間性を有しているとは言い難い)が年々量産されていったのである。

 こうした状況を徐々に変えていったのが「深刻な高齢化による医療形態の変化」と「深刻な過疎化による地域医療の変化」であった。「深刻な高齢化」がもたらしたことは多々あるが、まず、当たり前であるが「患者における高齢者の割合の劇的な増大」が一番大きな影響であった。これが意味するのは、「治療→回復→完治」というこれまでの医療モデルが衰退し、「治療→維持→終末期の対処」という医療モデルへの移行である。端的に言えば「短期的医療モデルから長期的医療モデルへの移行」ということになる。患者との関わりが長期的になる、ということは、治療において医師と患者の人間同士としての信頼関係が非常に重要となる、ということを意味する。高齢者の増加により、数日~数か月という単位から数年~数十年という単位へと医師と患者とが関係する時間が増え、しかも「完治」が最終目標ではないような関わりの中で、必然的に重視されるのは「通常の人間同士の関係で求められる資質」つまり優しさや思いやり、そしてコミュニケーション能力である。面倒見がよい。きちんと話を聞いてくれる。丁寧に対処してくれる。そうした医師が「よい医師」の条件としてクローズアップされるようになるのである。患者における高齢者の割合が増えるということは、こうした資質を医師に求める患者の数が増えるということを、必然的に意味しているのである。(続く)
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玄武庵

Author:玄武庵
日本の片隅で予備校講師をしながら旺文社(入試問題正解)・教学社(赤本)等で作問・解答・解説等の仕事をしています。小論文は自分の頭で考えて書くことが一番大事ですが、その際の参考にしてもらえるとうれしいです。頑張ってください。(※コンテンツはすべて無料です)

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