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【コラム】:「医系小論文」の難易度はなぜ上がったのか?(1)

  一般的な受験業界同様、医学部受験業界においても「小論文」を軽視する傾向が強い。その理由は明白で、昔は大学自体が「小論文」を軽視していたのである。昔の「小論文」の出題基準は「よき医療人としての資質を有しているかどうか」ではなく「普通の人間かどうか」という点にあった。

  「普通の人間かどうか」という言葉の意味には二つの側面があって、一つは「普通の人間と同じような精神構造であるかどうか」という側面である。異様に自我が肥大していたり、逆に極端に意志が弱かったり、器質的な精神異常を抱えていたりする人間が成績だけで医学部に入ってしまうと後々面倒な事が多いので、そうした連中を予め排除するために「小論文」を課したのである。その場合、「小論文」の内容は「定番テーマ」の形態をとりやすい。当たり前のことを訊いて、当たり前に答えてくれればそれで良いからである。頭か心、もしくはその両方に問題を抱えた人間は、当たり前のことを訊いても、当たり前には答えない(答えられない)。彼らは他人と交流せず、新聞も本も読まず、テレビも(基本的に)見ないので、当たり前の事が分からないのである。それは偏見だ、という人もいるかもしれないが、私はそういう人間を実例として多く見てきた。しかし最近はこういうタイプの人間は大分減ってきた、という印象である。

  もう一つの側面は「普通の人間と同じような論理的思考や論理表現が可能であるかどうか」という側面である。医学部生から医師としての長いキャリアを積む過程で、彼らは多くの論文を読み、論文を書くことが求められている。そこで求められるのが「読み書き」の能力である。医師になってから「数学」や「化学」の問題を解くのは、単なる「趣味」の領域に過ぎないが、「論文の読み書き」は「仕事」そのものである。

  論文を読むためには「論理的思考」が必要であるし、論文を書くためには「論理的表現能力」が必要である。「論理的思考」を養うためには「読書」もしくは「他者との論理的対話」が必要となる。しかし医学部受験生の中にはこれまで本をほとんど読んだことがない、という者も数多くいる(これまでの人生で50冊以下、という生徒はザラにいる)。こういう生徒は、文字数が500字を超えるような文章を見ると、その内容をことごとく「誤読」する。理由は「語彙不足」と「行間が読めない」ことにある。これは説明すると長くなるので今回は省略する。

  「論理的表現能力」とは、文字通り自分の考えを論理的に表現する能力である。これは「読む能力」とは全く別物で、その出来不出来は「記述経験量」に大きく依存する。「読む」という行為は自己に向けられた行為であり、「読む」ことで得られた成果は論理的にまとめられることなく脳内に蓄積される。一方「書く」という行為は基本的に他者に向けられた行為であり、他者にとって理解可能な形で整理された文章でなければ、相手は記述内容を共有することができない。だから「本をたくさん読んでいても文章は全く書けない」という事態は普通に成立するし、そうした生徒を毎年多く見かける。

  したがって大学側は「論理的思考」と「論理表現」とを兼ね備えた生徒を確保するために、「文章型・課題文型」の「小論文」を課したのである。この場合の「文章・課題文」は特に医療系の話に関わるものでなくても良かった。だから昔の関西系の医科大学(医学部)では、医療に(もしくは医療人の資質に)全く関係のない新聞記事の切り抜きをそのまま貼って「入試問題」として課していたこともあった。またとある大学では「小論文」を(医療のことをよく知らないと思われる)文系の教授が作成していたし、別の大学の(医学部)入試担当者は「医療人の資質は問わない。国語として小論文を課している」と明言していた。

  つまり、大学の側の「小論文」を課す目的のレベル自体も、さほど高くは無かったのである。普通に考え、普通に文章が書ける、というレベルであれば、全て「合格論文」となった。昔の論文の配点が「非公表」だったのは、実際は「採点していなかった」からではないか、と私は思う。「何かおかしい」論文があればそれを弾いて(不合格にして)、後は全部合格にする。現在でも一部の大学はそうした方法をとっている(と思われる)が、昔は大半の大学が同じやり方で「小論文」を処理していた筈である(現在の「非公表」の意味づけは昔とは異なる)。

  そしてこのことは実質的に「一次試験の得点が合否を決める」ということと同じことを意味していたのである。一次試験の得点が高かった生徒は、よっぽどのこと(つまり上記の異常事態)がなければそのまま合格。一次試験の得点が低かった生徒は、二次試験に呼ばれても、よっぽどのこと(つまり上記の異常事態で弾かれた生徒の補充要員となる)がなければ不合格。だから医学部受験業界が「小論文」を軽視する、ということは理にかなったことだったのである。

  しかし、1990年代後半から医療を取り巻く状況は大きく変わり、医療人として求められる人材の定義も、それに合わせて大きく変わることとなった。しかしその話は長いので今回は省略する。次回お話しするのは、もっと直近の話である。ここ5年の間に、医系小論文のレベルは大きく上がった。そしてこのレベルの上昇は今後も続く。私はそう予想している。その経緯と根拠、そして対策について説明する予定である。

  
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玄武庵

Author:玄武庵
予備校講師をしながら旺文社(入試問題正解)・教学社(赤本)・Z会(実戦模試)等で作問・解答・解説等の仕事をしています。小論文は自分の頭で考えて書くことが一番大事ですが、その際の参考にしてもらえるとうれしいです。頑張ってください。(※コンテンツはすべて無料です)

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