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【小論文解答】:2017年/岩手医科大学/医学部/本試験

 私たちは本来生まれつき他者と共感する能力を持っており、それが身体、とりわけ脳の中に押し込められることで、心が「小さな私」へと限定されていくと考えるべきだ、という筆者の意見は、私に「わかる」ということについての大きな発想の転換をもたらした。私たちは通常、他者とは基本的に「わかり合えない存在」であり、外的な観察や言語のやり取りによって「わかる」方へと近づいていくと考えている。しかし人は身体と精神とをもつ一個体として他者から隔てられている。だから他者の気持ちを「わかる」と言い切ることに強い抵抗を感じるし、逆に他者からの的外れな共感の表明にうんざりする。
 しかしラマチャンドランの実験が示すのは、皮膚の隔てがなければ人は他者の痛みを自己の痛みとして感じられる、というものであった。私はこの「皮膚」とは「自分という壁」という言葉に置き換えられると思う。例えば医師が患者を「わかる」場合、そのわかり方は「医師という壁」に隔てられている。筆者はそうした「自分という壁」を解放し、私たちを横断する「共感の空間」へと身を委ねて他者に近づくことが必要だ、と言っているように思える。それは「親身」「寄り添い」という言葉が本来意味しているものと同じだろう。私たちは自らの皮膚を無くすることはできないが、その皮膚を想像力によって相手の皮膚に重ね合わせることはできる。そうした「わかる」を、私も目指していきたいと思った。(595字)
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玄武庵

Author:玄武庵
予備校講師をしながら旺文社(入試問題正解)・教学社(赤本)・Z会(実戦模試)等で作問・解答・解説等の仕事をしています。小論文は自分の頭で考えて書くことが一番大事ですが、その際の参考にしてもらえるとうれしいです。頑張ってください。(※コンテンツはすべて無料です)

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