①:医師不足
(原因)
●1980年代の見通しの甘い医師数抑制策による医学部定員減少
●急激な人口増加(特に高齢者)による患者の絶対数の増加
●新規臨床研修制度(自己選択制)により、新人医師がリスクの高い科(外科・小児科・産婦人科等)および地方の医療機関(元々人手が足りない・不便・医療設備が足りない・先進医療が学べない)を忌避したこと(地域医療の担い手不足)。
●医療費抑制策と勤務状態の苛酷さにより、勤務医のメリットが少なくなり、開業医への移行が起こったこと(総合病院・中核病院の医師不足)。
●現役医師の高齢化・引退に伴う代替医師の補充ができないこと(新規臨床研修制度参照)。
●小児科・産婦人科で、該当人口層減少を超える病院数減少が起こったこと。
●医療情報過多により、軽微な症状で来る患者数が増大したこと。特にマスコミの健康番組の増大は大きな影響を与えた。また収入減を怖れる医療側が積極的にそうした患者を求めたという面もある。
●医療側の不祥事がマスコミで大きく報道されたり、医療の質に対する要求が大きくなったことにより、リスクの高い科への就業が避けられるようになったこと(新規臨床研修制度参照)。
●医療訴訟の増加により、リスクの高い科への就業が避けられるようになったこと(同上)。
●女性医師の増加により、結婚・出産・育児を理由とした休業・退職者が増加したこと。
※これらの原因を複合的に考えれば、医師不足のダメージは都市部よりも地方部において大きくなることが分かる。
②:医療の多様化
(原因)
●1990年代後半から、SOL→QOLへの価値観の移行が急激に起こったこと(癌問題・移植問題・終末医療問題を発端とする)。これにより、単に身体を治療するというレベルの医療から、生活の質や人生の質を重視する医療へと、医療が大きくシフトチェンジする。
●QOL重視の医療へのシフトチェンジに伴う、医療プロセスの増加。具体的にはインフォームド・コンセントやEBM、尊厳重視、自己決定権の尊重、ナラティブ重視のための様々な医療システム変更。医師は病状を詳細に説明し、自己決定のための適切な情報を患者に公開し、治療の精度を上げ、十分なアフターケアを行うことが求められるようになった。結果として患者とのコミュニケーションに割く時間が大幅に増加し、診察・治療に時間がかかるようになる。
●QOL重視の医療と高齢化がリンクし、高齢者に対する医療的アプローチの範囲が格段に広がった。これまでの「来院・通院・入院」を中心とした医療から「往診・リハビリ・在宅・終末」を中心とした医療へのシフトチェンジが起こった。これにより医療は「介護・地域・行政」と連携してより多様な業務を行うことが求められるようになる。
●予防医学の重視、検査技術の向上により、病気を持たない患者が健康状態の確認のために多数来院するようになった。また予防のための医療セミナーや講演会を医師が多くこなさなければならなくなった。
※こうした医療の多様化と医師不足が同時に進行していることが、医師の負担を増加させている。
③:モラルへの関心
(原因)
●患者の人間としての価値付けが上昇し(ナラティブ・固有性・自己決定権)、それを侵害するような行為(医療ミス・患者軽視の医療)に対する社会の目が厳しくなった。
●もともと職業意識の高い医師がマスコミ等で積極的に採り上げられるようになり、それが「理想の医師像」ではなく「医師の標準像」と見なされるようになった。それに伴い、全ての医師は「情報」として相対的な比較の対象となり、高いモラルと献身的な努力を要求されるようになった。
●患者が「消費者化」し、医療を「サービス業」と捉えるようになり、これまでの医療の特権性が消失した。それにより「自分が人間としてどう扱われているか」という函数が患者の受診行為の中の評定基準となった。さらにこうした傾向が嵩じて、患者がモンスター化するケースも出てきた。
※つまり医師のモラルの向上と患者のモラルの低下には一定の関係性がある。この患者のモラルの低下をどうするかが、今後の課題となる。
④:国民皆保険制度の問題
(原因)
●現在、年間総医療費は約40兆円。国民健康保険税では全てを賄えず、国家予算からの手出しも多い。また若年層と高齢層の医療費格差は約4倍で、高齢になればなるほど医療費がかかる。高齢化が進めば医療費の高騰により国民皆保険制度が維持できない恐れがある。
●雇用の流動化や不景気により、低所得層の国民健康保険税の負担が困難になっており、病気になっても医療を受けられない層が発生している。つまり医療格差(所得による)が生じている。
※医療格差にはこれ以外に「都市と地方の医療格差」「医師の多い科と少ない科の医療格差」がある。
●こうした格差が「混合医療」によってさらに広がる可能性もある。またTPPの影響を受け、自由化が進めば(医療においては基本的に自由化=高騰化なので)貧困層は医療を受けられない、という事態も想定されている。
●「人の命は等しく尊い」という前提で考えれば、こうした格差が生じないような対策を色々と講じなければならない。その際、何よりも重要なのは「医療費の抑制」である。負担の大きい高齢者の医療費をどのように軽減するかが重要となる。
●そこで重視されるのが「予防医学」と「維持のための医療」である。「予防医学」は「メタボリック・ドミノ」の防止が主眼となるが、そのためには若年層・中年層の積極的な協力(長期的な予防)が必要。「維持のための医療」は完治や回復を最終目標とせず、過剰な高度医療を行わないことが主眼となる。リハビリや運動の促進、食生活の改善、といった側面が重視される。
※ここから、「高齢化のメリット」へと繋がる論述が要求されることがある。
⑤:最後に
●大学の医学部は、こうした諸問題を背景にして、将来の日本に必要な医師の輩出を目的に生徒を募集し、医療教育カリキュラムを構築している。それは大学としての自己分析・自己改革を伴うものであり、現在はその過渡期である(つまり完成形ではない)。
●入試の小論文や面接では、こうした問題を乗り越えられるような資質を持っているかどうかが問われる可能性が高い。どこから見ても理想的であると思われる医師は存在しないけれども、少なくともそれを目指そうとしている意欲や自覚があるかどうかを確認したいと思っている。
●もちろん、こうした問題をどのように克服するのかという点については、各大学で考えることが異なる。しかしその相違点はパンフレットやホームページで確認することができる。過剰に一般化せず、各大学のメッセージをしっかりと読み取ることが大切である。
以上
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