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【小論文解答】:2015年/杏林大学/医学部/本試験

 「うそも方便」ということわざは、日常生活においては重要な意味を持っている。相手のためを思って、最終的には相手がより良い選択を行い、より良い人生を送れるように、一時的に嘘を言うことは、決して悪いことではない。父親を交通事故で亡くした幼い子どもにすぐに真実を述べれば大きなショックを受けることが分かっていれば、しばらくの間は「遠くへ出かけた」と言って一時的に嘘を述べた方が、子供のためになることもある。
 しかし場合によっては「うそも方便」をまかり通らせてはいけないこともある。医療における余命の「告知」の場面がそうであると私は考える。なぜなら「うそ」を提示されることで、患者が自分の人生における「自己決定権」を適切に行使できなくなるからである。自分の人生を適切に選択するには、その前提として適切な、すなわち正しい情報が与えられていなければならない。病状や余命について正確な情報が与えられれば、それがどれほど苛酷な状況であろうと、患者はそれを受け入れ、自分なりの選択を行うことができる。そしてそれは患者の持っている人生の権利なのである。患者に関する正しい医療情報を提供できる唯一の存在である医師は、偽りの情報を提供して患者の自己決定権を侵害する権利を持たない。患者の人生は患者のものである、ということは肝に銘じておく必要がある。
 もちろん、告知の際には相手の状況を良く見極め、言葉を選んで、告知後のフォローも十分検討した上で行わなければならない。「うそも方便」が相手の幸福を目的とするのと同じように、「真実を伝える」こともやはり相手の幸福そのものを目的とすべきなのである。
 したがって「うそも方便」は確かに必要であるが、医療の重要な場面では避けるべきこととなる、というのが私の結論である。そして真実を伝える医師としての自分の人間性が、真実を伝えるに相応しい重みを持つように、私も自分の人生を磨いてゆこうと思う。(793字)
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玄武庵

Author:玄武庵
予備校講師をしながら旺文社(入試問題正解)・教学社(赤本)・Z会(実戦模試)等で作問・解答・解説等の仕事をしています。小論文は自分の頭で考えて書くことが一番大事ですが、その際の参考にしてもらえるとうれしいです。頑張ってください。(※コンテンツはすべて無料です)

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