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【小論文解答】:2005年/岩手医科大学/医学部/本試験

 筆者の考える「いのちのバトン」について、私は大いに共感できる。自分のいのちが、過去から現在そして未来に至る多くの人々の間を繋ぐものとして、大きな価値と責任を持っていると自覚することは大切であると思う。しかし一方で、そうした自覚だけで人は自分のいのちを大切なものに思うようになるとは思えないことも事実である。社会状況や周りの環境がいのちの大切さを否定するものであれば、人は簡単に自分のいのちを消すこともあるだろうし、人のいのちを奪うこともあると思う。例えば学校でのいじめにより自らいのちを絶つ子どもも、逆に自分の道連れとして安易に他者のいのちを奪う殺人犯も、社会の中でいのちの大切さを実感できない、という点では同じなのではないかと考えられる。
 私がもし、自分のいのちを大切に思えるとすれば、それは自分以外の人が自分を必要としてくれるときである、と私は考える。自分の人生がどれほど苦しくても、誰かが「あなたが生きていてくれないと困る」と言ってくれれば、自分のいのちには価値があると思えるだろう。また逆に、私が誰かに「あなたが生きていないと私は困る」と言うことで、その誰かは自分のいのちを大切にするかもしれない。このように、お互いが相手を必要とする関係、互いの生存を求める関係によって、人は自分のいのちを肯定し、他人のいのちの大切さを理解できるのである。それもまた「いのちのバトン」を繋ぐことだと私は思う。(597字)
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プロフィール

玄武庵

Author:玄武庵
予備校講師をしながら旺文社(入試問題正解)・教学社(赤本)・Z会(実戦模試)等で作問・解答・解説等の仕事をしています。小論文は自分の頭で考えて書くことが一番大事ですが、その際の参考にしてもらえるとうれしいです。頑張ってください。(※コンテンツはすべて無料です)

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